会津の民謡「会津磐梯山」にも登場する、
謎の人物「小原庄助さん」。
どのような人物だったのか、諸説はありますが、
豪放磊落で明るく、皆に愛された点は共通しています。
名字帯刀を許された郷頭で、
立派な髭をたくわえた豪傑、そして大のお酒好き、
そして温泉が何よりも好きだったそうです。
温厚で、人懐っこい人柄で多くの人に愛され、
ここ「東山温泉」ここ「瀧の湯」にも訪れた言い伝えがあります。
まさに、現代人の憧れともいえる「小原庄助さん」。
「美食家」であり、「大の温泉好き」であり、
「憎めないキャラクター」であった庄助さんは、
昔はもとより、現代までも多くの人に知られ、
多くの人に愛されている、伝説の人物なのです。
古くより湯治場として栄えた「東山温泉」は、
当館ゆかりの「小原庄助さん」、新撰組副長「土方歳三」、
「白虎隊」、「横光利一」、「山川捨松」、「齋藤一」、「三島通庸」
をはじめとして、
「竹久夢二」や、「与謝野晶子」などの文人墨客も訪れた温泉地で、
東北三楽郷のひとつとして、山形のかみのやま温泉、湯野浜温泉と
ともに古くから親しまれた温泉郷です。
開湯は、約1300年前に、行基上人が、
会津を訪れた際に、3本足の烏に導かれていくと、
霧のたちこめる滝の方へと案内されたそうです。
行基上人が滝の真横にくると、今まで霧で覆われた辺り一面が一瞬にして、
霧がなくなったそうです。
霧がなくなった滝の近くにある大岩の影からコンコンと湧き出るお湯を
見つけたそうなんです。
そのお湯こそ、ここ「瀧の湯」だと言われております。

昭和初期の伏見ヶ滝と
当館の前身「旅館 松島」

大須賀清光氏による会津の全景画

当館の前身「旅館 松島」の玄関前の写真
昭和初期頃の「旅館 松島」
当館「庄助の宿 瀧の湯」は、長い間「旅館 松島」として古くから親しまれてきました。「旅館 松島」は、その地名であった「滝ノ湯」さらには、「小原庄助さん」ゆかりの宿であったことから、平成になってから「庄助の宿 瀧の湯」と名称を変更いたしました。
「旅館 松島」の名は、東山温泉に昔にあった「松島」という地名にちなんで名付けられた名前で、高級な宿として、文人墨客に愛されておりました。
その「旅館 松島」が平成の世に、「はなれ 松島閣」として復活いたします。
「旅館 松島」があった当時の場所に、「はなれ 松島閣」を復活させ、
当時の高級な赴きと、現代の「和」の要素を取り入れ、
お客様をお出迎えいたします。



































