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覚馬の生家

山本覚馬は、会津藩士で砲術指南役の山本権八の長男として、鶴ヶ城近くの武家屋敷にて生まれました。

山本八重の兄であり、同志社大学の創立者・新島襄の協力者として知られています。

不幸にも眼病を患い、ほとんど失明同然の状態になりましたが、この失明については、持病の白内障の悪化と、1864年砲兵隊を率いて参戦した禁門の変での破片による負傷が原因と言われています。失明という重い障碍を負いながらも、西洋事情の見聞を広め続けました。

ドラマ「八重の桜」では西島秀俊が演じ、会津で蘭学所を開設し、会津藩士だけでなく、諸藩士や新撰組にも洋式砲術を教授する役として好演を果たしました。

山本覚馬

山本覚馬の地碑は庄助の宿 瀧の湯から車で10分ほど行った会津市街にあります。実際の生家は、そこから西へ五十メートルほど歩いたところに位置していましたが、現在は民家となっています。鶴ヶ城の西口から約500メートル、山本覚馬・新島八重生誕の地碑として1989年に同志社が建立しました。戊辰戦争で鶴ヶ城にろう城して戦った八重が、会津藩降伏の開城前夜に詠んだといわれる歌が刻まれています。

会津市内の大通り、神明通りの近くにあり、鶴ヶ城からも近いので観光の際は是非、市内見学も兼ねて散歩してみてはいかがでしょうか。今は市街地になっていますが、あちらこちらに当時の趣が残った建物や、見上げるとすぐ近くに会津のシンボル鶴ヶ城が見える町並みは、旅の思い出をより豊かにしてくれることでしょう。